エクアドル・インタグ鉱山開発問題 / 現地報告
一井リツ子
2015年7月

南米エクアドル・インタグ地方、ここでは世界の森林の1パーセントという希少な雲霧林、世界の植物の15〜17%、鳥類20%が存在し、ホエザル・メガネグマといった絶滅危惧種が多数生息する非常に豊かな生態系が育まれている。20年程にもわたる度重なる鉱山開発危機は90年代の日本のJICA/三菱マテリアルによる試掘が端を発し、2004年からカナダのAcendanCopper(現在Copper Mesa)、そして現在はエクアドル鉱山開発公社ENAMIとチリの銅山開発公社CODELCOによる合弁事業としてLlurimagua鉱山開発(銅・モリブデン)が強行されようとする中、現地では開発反対者への人権侵害といった数々の抑圧的で深刻な事態が引き起こされている。知人である開発予定地村長だったハビエル・ラミレスさんは見せしめともいえる「反逆罪・テロリズム」という罪状で不当逮捕拘留されたまま10か月が経とうとしていて、私達は今年2月この地を再び訪れた。

現地でお話を伺った、日本の試掘の際に設立された現地の環境保全団体「インタグの生態系の防御と保全/DECOIN」の会長シルビア・キルンバンゴさんはこう指摘される。「当時のJICAの環境影響調査により動植物相の喪失、180家族の移動などが明らかになりました。鉱山開発の被害は開発予定地フニン村だけではなく多地域に及びます。この地方を流れるインタグ川は25の流域へ広がってゆき、周辺住民の生活用水として使用されています。(周辺住民約3000人、約70村)これと繋がるグアジャバンバ川は首都キトの排泄物がここで取り上げられ国内で最も汚染が進んでいますが、現在はインタグから流れるきれいな水や湿度がこれを緩和しているのです。しかし、この川は海(エスメラルダス県)へと続き、生息するマングローブ林、魚やエビを取る多くの漁民の暮らしなどへも鉱山開発の悪影響が及びます。この水を上流で育むトイサン山脈には地震帯が帯状に存在し、集中豪雨も多い地帯で2010年にも道路が浸水しており非常に危険であり、自然災害により開発のため発生する大量の固形廃棄物、汚染水が貯蔵施設からあふれ流出すると、すべての機能は麻痺させられます。」
政府に対策プランはないのですか?との問いに「どうやって自然をコントロールするプランがあるの?ない!」との返事が返ってきた。
鉱山開発反対者への圧力は強く、事務局長のカルロス・ソリージャ氏へのコレア大統領本人からの名指しの非難の他、このDECOINにも脅迫電話、追跡、ハッキングなど政府や企業による脅かしが常にあり「この悪夢は日本企業から始まりました。日本も多くの国々同様鉱物を大量に消費しています。この問題を意識化してください。」という彼女の言葉が印象的だ。

首都キトから110キロ程北に位置するインタグ地方・コタカチ郡では郡庁舎にて、副知事のルット・アルメイダさんもこう語っておられた。「私達の組織は常に開発主義を求めてはおらず、インタグの住民の人権、民族自治、一人一人の独自の発展プロセスがどこへ向かうかを尊重しており、反対運動に懸けています。ハビエル氏の逮捕同様、住民の同意も無く鉱山開発行うのは深刻な問題であり、私達は対抗してゆきます。」と。
キチュア系先住民族も多く暮らすこの土地では、その多様性において世界的にも非常に貴重である環境文化を守るため2000年に「コタカチ環境保全郡、環境保全条例」が制定されている。地質学的、環境学的に見て政府の謳う「責任ある鉱山開発」は不可能であり、この土地に適した既存の産業での雇用促進を目的に、有機農畜産業のための産業的なお祭り、エコツーリズム、温泉の改修によるリハビリセンターの建設、環境に負荷の少ない小水力発電所の建設など10のプロジェクトがあり、鉱山開発の是非を問う住民投票も予定されている。
本来ならばこういった適正を重視した産業形態の構築、古典的な開発主義から脱却をはかり世界へ手本を示すことができるのは生物多様性を誇り、斬新な環境保護的政策をとってきたエクアドルのような国であるはずなのに、と私は口惜しく思う。

現地滞在中の2/10にはハビエルさんの審問が、インタグを含むインバブラ県の県庁所在地であるイバラの地方裁判所で行われた。有罪判決ながら武器の使用がなかったこと、拘留中の態度が良かったことを理由に12か月から10か月へと刑期が軽減され釈放が決まり、幸運にもその現場に立ち会えた。地方裁判所前では地域住民の他、キトからの環境団体の若者など多くの人々が駆けつけていた。大勢の警察隊に守られたイバラの留置所までデモ行進が行われ、政府への批判の声が響き渡る中、ハビエルさんは釈放された。彼の不在の間、不安な状況下をなんとか持ちこたえてきた家族は強く抱き合い、歓喜に沸く群衆に担がれ、両手を広げる彼の姿は住民への人権侵害といった苦境を跳ね除けてゆくような大きな希望を感じさせた。キチュア先住民族の祈祷の後、広場では全国先住民族組織CONAIEや環境団体らのオルグが続き、熱気に包まれた現地の晴れ渡った青空は人々の心を象徴しているようだった。

後日、開発予定地フニン村でハビエルさんと従妹のマルシアさんから逮捕や村の状況について話を聴いた。「(彼らの元弁護士であったホセ・セラルノ)内相の求めによる会談がキトで行われ、その帰路逮捕された。住民にパニックを起こす目的でワナをかけられたんだ。300人収容のイバラの留置場では倍の600人が収容され、毎日シュロの紙を折る仕事を続け、パン1個と汁だけのスープ、肉はもんのわずかで食事がつらかった・・」とハビエルさんは笑いながら語ったが、すしずめの劣悪な住環境は、かなりな困憊をもたらしたと思う。彼の拘留中村では村人が集まるだけで逮捕される恐れがあり「住民が何かしたらハビエルの拘留が長引く12年になる。」と脅かされたそうだ。昨年5月にはこのフニン村で300人規模の警察隊らによる強行突入が行われたが、村へ助けにきた70人程の仲間は引き離され、彼の家族もかなり殴られるなど暴力がふるわれ、妻を含む住民ら数名が一時逮捕された。この間、警察隊によって買収された3家族が彼らを裏切り、多数の警官らに自宅を宿泊所として提供し大金を手にしたという、こういった買収などによって住民間の分断も意図的に進められている。滞在中にも、フニン村では開発賛成派の家には馬を連れた数名の警察隊が監視を続けていた。彼は言う「これが私達が現在耐えねばいけないことだ。政府は金のことだけを考えとても傲慢な態度をとり、全ての人々のために少数派を犠牲にしなくてはいけないと言っている。でも私達は街の人々が食べている食物をつくり、それなのに権利は侵害され無いも同然だ、今大きな不公平を経験している。」と。彼だけでなく私が出会った住民の方々の多くは「ここの暮らしが好きだ、満足している。ここにはきれいな水があり、大地は私達が食べるための豊かな実りをもたらしてくれる。」と話してくれた。

しかし現在、開発の電力供給のみを目的とした水力発電所の建設や道路整備が着々と進み、開発企業ENAMI-CODELCOによる90箇所にもおよぶ試掘が迫っている。移譲されている土地は4838ヘクタールという広範囲に及び、フニン村では民家の近距離で重点的な試掘が行われるという。2年前に私が見た90年代の日本の試掘地跡では現在もなお、重金属の混入による河川の汚染が続いている。フニン村を取り囲むように流れるフニン川、その川沿いには偏在する彼らのユカやトウモロコシ、サトウキビ畑がある。開発による自然資源の急激な減耗、他者の犠牲の上に成り立つ表面的な豊かさは、人間そのものの生存基盤の崩壊をも導くように私には思える。雲霧林の森で見た原色に輝く草花、夜明け前の虫や鳥、生き物たちの高鳴る鳴き声に、凝縮した生命の息吹を感じ、この土地の未来と存続を願わずにはおられない。

帰国後、現地からの知らせでハビエルさんが自分の無罪を控訴したため、(免除された拘留期間を排除)新たに2か月の刑期の延長判決という知らせが届いた。現在これに対し異議申し立てが行われているが、彼の弟のウーゴさんにも同様な「国家反逆罪」という罪状で逮捕状が出され、逮捕状の取り下げを条件に家族に何も(抵抗)しないことを求めるといった心理的な圧力がかけられ、政府は約20年間闘い続けてきた住民らの抵抗の意思さえも封じ込めようとしている。

日本ラテンアメリカ協力ネットワーク「そんりさ153号」2015.7.18発行)掲載


INDEX

HOME

inserted by FC2 system