エクアドル・インタグ地方鉱山開発対象地を巡って
一井リツ子
2020年1月

エクアドル現地視察
近年、前コレア政権から開発主義が急加速する南米エクアドル、その北西部に位置するアンデスの裾野インタグ地方でも土地面積の約80%の採掘権が様々な多国籍企業らに譲渡、手続き中という状況下、私達は9月に10日間程エクアドル現地視察を行った。
今回アジア太平洋資料センター(PARC)スタッフの宇野真介さん、米国の水・地質学専門家スティーブン・エマーメン氏、国際NGOマイニングウォッチカナダ(MWC)のカーステン・フランシスコ―ネさんらと共に、まず初日には首都キトでのアンディーナ・シモンボリバル大学で開催された「鉱山開発に抵抗する人々の全国会議」に参加。ここではアマゾン地帯のシュアル先住民族などエクアドル全国から様々な先住民族、環境・人権団体、政治家等が一同に会する場が提供され、コロンビアなど海外からの発表も含め2日間にわたり各地での経験・課題の共有、対策の議論等がなされた。

開発対象地での会合・フォーラムで
終了後、私達はキトから車で3、4時間程のインタグ地方へ向かい鉱山の開発対象地となっている(アプエラ、クエジャヘ、セロペラード、ナングルビー、フニン)村々を巡った。各所では会合やフォーラムが開かれ、この3名による講演が行われた。キトでの全国会議への開催協力他、この講演ツアーは鉱山開発の実態や危険性を伝えるためにPARCが企画したもので、通常耳にすることのない鉱山に関する専門知識を共有し、住民の方々の意見を聞く貴重な機会となった。
私からはこのインタグに最初に参入した90年代の日本企業(JICA/三菱マテリアル)による水質汚染をお詫びするのと共に、同じ日本人である私達が5年以上インタグの情報を伝え続けていて、人々はこの地の平和や美しさが保たれることを願っているといった挨拶を行い、とても温かい拍手をいただいた。

「11.23現地報告会」
帰国後11月23日に京都で開催した『エクアドル・インタグ現地報告会』で、まず私からはこの視察の内容と現状を伝えた:
現在フニン村近郊、雲霧林内で進行中のジュリマグア・プロジェクト(4838h/試掘90箇所終了)は採掘地拡大申請中(701h/試掘120箇所追加予定)である。数年後、銅・モリブデンの生産開始予定とされているこのプロジェクトに対しては、国家監査局・護民官がエクアドル憲法に明記された自然権・人権の体系的な侵害、10を超える深刻な違法性を指摘、各省へ採掘権、水利権等認可取り消しの勧告も行われている。

環境への影響は?
ここではすでに絶滅したと思われていたAtelopus種、 Ectopoglossus種といったカエルが近年2種類も発見され、世界で消えゆく生命の息づく非常に希少、また脆弱な生態系を育む土地である。
ENAMI社(エクアドル)とCODELCO社(チリ)の両国営企業によるこのプロジェクトは「責任ある鉱山開発」を行うという言葉が常套句とされているが、試掘段階ですでに様々な環境破壊が発生している。コタカチ郡の環境保全条例に明確に違反する原生林の伐採、滝の変色、薬剤混入水の未処理の廃棄等の他、今回スティーブン氏の講演で明らかとなったのは地熱水が20の試掘口から噴出しており、これはヒ素・鉛・カドミウム等注意すべき重金属の濃縮を意味し、これが削岩地の近くだと非常に問題で通常記載されるべき項目であるにもかかわらず、鉱山企業の「環境影響調査」に全く記載がないとの指摘があった。
また彼が関わるポーランドの鉱山を例に挙げ、露天掘り鉱山(通常深さ0.8-1.5KM削岩)による地下水脈への害、これにより発生する水の放流で住民の飲料水となる河川も同様に汚染、また地盤沈下等悪影響は通常その半径50-100Kmとかなり広範囲、隣国チェコまで影響が及んだと語っていた。

その上インタグ地方は山間部の狭い渓谷、高い降雨量や地震の発生率等、地質学上の多大なリスクを抱え、今年ブラジル・ブルマディージョで起きた鉱滓ダム(廃棄物流出、死者・行方不明300名以上)の決壊事故、ここでは放出した尾鉱(廃棄物)が一つの村を押し潰し大西洋まで流れていったが、その量は1200万m3、しかしインタグで同様な状況下で想定される尾鉱は13億5000万m3と、なんと110倍もの大災害の危険性があり、これを防ぐために必要な鉱滓ダムの高さは400m(世界最大型の約2倍)とされ、的確なデータ、公的監視不足、規制の弱さが指摘され、適地もなく「ここでの的確な鉱滓ダムの建設は不可能であり馬鹿げている!」と彼は言う。また住民がその危険性を知らず、インタグでの鉱山開発は最悪のシナリオを生み得るとの結論が出された。

鉱山開発の実態/ カナダでは
次に20年間カナダ国内外の鉱山企業を監視、調査、被害地域を支援するMWCのカーステンさんはその経験をもとに鉱山の実態を語られた:
同様に2014年カナダ史上最悪のモントポリー鉱滓ダムの決壊では2500万m3の廃滓がケネル湖や河川に流出しセレンやヒ素による汚染によりエコシステム、産卵に訪れた鮭の大量死、食用の鮭を販売する既存の産業も崩壊した。しかし国による罰金や懲戒といった責任追及は全く無く、鉱山企業による事故の賠償も行われていない。
しかし企業はこのダムの問題点、また修理費用が高額であること、カナダでは5年後に法的無効となり、政府はこれに対し何もしない(=無処罰)ということを知っていたという、彼女はたとえ鉱業国とはいえカナダという先進国でさえ自国の鉱山企業の危機管理が出来ていないのに、エクアドルで他国の企業に対しそれが出来るのか?と述べた。 

現在鉱山企業の60%はカナダに本部事務所などを持つという、こういった状況の背景となるのは鉱山企業発祥の地であるカナダの外交や税の優遇。こうして野放しにされた鉱山企業が腐敗、無責任、暴力的体質を生んでいる。
またカナダには、鉱業にとって重要なトロント証券取引所、世界最大のPDAC鉱業年次会議の存在がある。この会議でエクアドルは特別に1日をあてられ、現在カナダがエクアドルに大変関心を示していることがわかる。
現在エクアドルは、「未採掘の豊富な鉱物資源を有する、最後のフロンティア」として多くの多国籍企業の注目を集めている。しかし憶測であろうが、エコノミストでもあり多くの鉱業国に関わる彼女は「エクアドルは確かに最後のフロンティアではあるが、政府が宣伝するような『鉱業国』ではない。実際には鉱物の質や量共それほどのものではなく、もし大量に存在していたら歴史的にすでに(ボリビアやチリのような)鉱業国となっていたはず」と語る。
「その背景となるのは、エクアドルは現在、世界通貨基金(IMF)と債務に関する利息率等の再交渉を行っている。その返済の資格を得るために鉱山の可能性を強調、投資家や企業の関心を惹くためのプロパガンダを進め、それにより多くの多国籍企業が参入、鉱山企業優遇のため法の改正を行っている。」
実際、鉱業法の他にも憲法に明記される「鉱山開発には必要とされる住民との事前協議」のその対象や必要性そのものを政府は変更しようとしている。フニン村でも自分達は事前協議の対象にされないといった話が聴かれたが、これは国内数件の司法裁判でこの事前協議を巡り開発対象地の住民側が勝訴していることに対する、法をねじまげてでも鉱業活動促進を推し進めようとする政府の苦肉の策であろう。

こうして現在インタグ地方の位置するインバブラ県だけでも、約16万ヘクタールが様々な多国籍企業に採掘権が譲渡されている。この中にはコーナーストーン社というカナダ企業の存在もある。この企業は他国において作業員による婦女暴行や村への放火等の犯罪、内部では腐敗が蔓延し、彼女は「腐っている!」と叫んでいた。このように中南米13か国でカナダ28企業による事件だけでも死者44名、負傷者403名、土地の守護者への犯罪化709件等が起きている。鉱山開発によって繁栄という名目で地域にもたらされるのは環境破壊のみならず治安の悪化など劣悪な社会、人間としての在り方の劣化でもある。

現在エクアドル国内でも40のプロジェクトに15のカナダ企業が参入している。その大部分がジュニア=中小企業であり、15社のうち14社が毎年損失を出し続けている。ジュニア企業は投資家を引き付ける見通し・住民の合意取り付けのための虚偽=騙すことを仕事とし、母体となる大企業が事故・汚染等の責任転嫁、リスク共有のため、これらを経済的に維持している。
インタグに2004年から参入し脅迫や暴力行為に及んだカナダジュニア企業、アセンダント・カッパー社(現在カッパー・メサ)も同様であったこと(住民側がトロントの証券取引所に調査を依頼し、埋蔵量等虚偽の報告を暴かれ上場廃止となった)が思い起こされる。

また鉱山にはコスト面でも大きな問題があり、閉山には通常90億$の費用がかかるため、カナダでは10,000もの鉱山が環境対策をせず放棄され、閉山費用は政府へ。水源への化学物質の漏れ出し等、負の遺産となる汚染・維持費は地域負担へと。
また露天掘り工事費用にも7億〜50億$がかかり、企業が収入を得るためには人件費・建設費用・安全性・賠償金等のコストカットが必要となるということがわかる。閉山後、汚染や貧困に苦しむ村々。
「鉱山企業は豊かさをもたらさない」、「責任ある鉱山開発なんてどこにある?!」と彼女は述べた。

また企業の経済的責任を回避するため情報隠ぺいは意図的に行われ、鉱山のインパクトを明示せず、賠償金、移転費用逃れはフニン村も同様である。住民に貧しいという観念の植え付けることは企業戦略の一つでもあり、現在約8割の村人が農業従事の2-3倍の給料を求め試掘等の作業員となっている。一時的な収入増により家屋の増改築なども進んでいるが、人員削減など常に雇用の不安が付きまとい、重労働、口封じと、そこには以前のようなのどかな村の姿はない。

住民の声
講演を聴いたインタグ住民からは様々な意見が出され「ここでは豊かさが取り違えされている、私達は貧しくない。この社会的、環境(水域等)の豊かさは世界から羨まれるもの。『貧しい』という観念を打ち砕かねばならない。」
ある女性は「私がリオ・ブランコ鉱山(エクアドル/中国企業傘下)で見たのは、全ての人々が騙されていた。副大統領が来て地域の発展を約束したが誰も仕事が得られず中国人らが雇われていた。その集会で、母親が泣いていて1歳の子がさらわれ、12歳の子どもが空気銃で撃たれたと。また企業は脅かすためにライフルや斧で家を壊した、と老人は語っていた。私達はしっかりしなくてはいけない」と。
対応として企業による脅迫・虚偽行為には、彼女はまずリーダーや私達NGOに相談するように「皆が一緒にいるから!」「インタグには20年以上闘ってきた充分な知識がある、あなた方に力がないと言うのは嘘だ、誰よりも土地の活かし方を知っている。」と住民らの不安をぬぐい、そして企業側へ(コンセッションの基本情報、プロジェクトの作成仔細、現段階、土地台帳、資金提供者、経済的試算等)隠蔽される情報を強く要求すること、住民側も所有物の基本情報(地域の水質データ、土地・農作物等)を明確にすることが重要であり、住民の連帯と役割分担が重要、具体的な事例を挙げながら、企業の弱点であるコスト面や評判を使い平和的で頭を使った抵抗運動を!と語った。
MWCも、証言の集約で出資者・株主に対し企業の評判や資金調達を妨げる、報道・企業への介入等の様々な活動で協力している。快活な女性だったが同時に私は、彼女が本気で被害地住民らを助けようとし悪辣な状況を変化させようとする、その姿勢に胸を打たれた。
「鉱山はこれからも私達を尊重しないだろう、経済成長は大切だが絶対必要なものではない。私達は農民だ、経済が良かろうが悪かろうが生きていける。」「ありがとう、ここでの情報を伝え人々によく考えてみてくれ!と言いたい。」などの声も聴かれ、住民自らが熟考しその生きる場所を守ろうという意志の沸き起こる熱い対話の場となっていた。

また報告会では、同行されたPARC宇野さんからも「鉱山開発問題に対する国際NGOの取り組みと現地市民との連帯形成」というテーマで、今回の講演ツアーによる現地コミュニティのエンパワーメント他、INTAGでの水質調査、サプライチェーン上での状況改善のため、問題の通報等により責任ある製造・販売を求める日本企業への働きかけといったPARCの取り組み、そして背景となる開発援助の問題、現行の経済構造・モデルを変える必要性などのご説明があった。
最後に「利益を得る者と不利益を被る者が同じ人々だったら、鉱山開発など成り立つはずはない」というスティーブン氏の言葉を引用し、その不均衡の是正に取り組むことが現地の市民社会と連携することではないかと報告を結ばれている。

エクアドル民衆の隆起
帰国約2週間後、レニン・モレノ政権が打ち出した緊縮政策(いくつかの経済改革政令をまとめたパッケージ=パケタソ)に対して先住民族、民衆による約1万人のエクアドル全国規模のデモが発生。首都のキトの国会議事堂を占拠され、10月3日非常事態宣言が発令、事態鎮圧のため政府は催涙ガスや実弾の発砲等暴力的な手段で応じ、少なくとも死者は7名、重軽傷者1340名、逮捕者1152名(10月13日現在)にのぼる。

すでに言及したがIMF理事会は、世界銀行、国際通貨基金(IMF)が既に融資した数十億ドルに加えて、
エクアドルへの42億ドルの融資を承認している。その融資の条件として出された緊縮政策は、燃料補助金カットのため最大120%の価格上昇、エクアドルの労働者保護を深刻に損なう労働改革、雇用の不安定化、公共部門の雇用における新規契約の20%削減をもたらす賃金の下方修正、採掘プロジェクト(鉱業、石油、ガス)の賦課をもたらし、外貨を生み出す「戦略的採掘プロジェクト」があることでIMFとの再交渉が可能となったという。
今回の訪問では「国には借金がある、(鉱業で)返済しなければ労働者の賃金はなく、もっと苦しむ」という村人に対し「政府はそう説明するが鉱業は唯一の解決策ではない、なぜ金持ちの税制で解決しようとしないのか、金持ちが優遇(法人税免除)され、農民ばかりが犠牲にされるんだ!」など、人々の多くの疑問や生の怒りの声が耳に残る。暮らしや生きる術を奪われるその切実な想いが、この事態を生んだ。モレノは一時首都機能をグアジャキルに移転、10月13日布告を撤回した。この世界に誇る生物多様性のこの国の未来が今後どうなってゆくのか。今回の訪問を通して、私はその可能性を信じたいと思った。

 

日本ラテンアメリカ協力ネットワーク(RECOM)機関紙「そんりさ 171号」掲載


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