エクアドルにおけるコロナウィルスの感染爆発
一井不二夫
2020年7月

ユーチューブなどで、エクアドルのビデオを、黒のビニール袋に包まれた遺体が、路上に放置されたままになっているのを、見ることになったのは3月下旬頃であったか。すでにイタリアやスペインでの医療崩壊の危機に瀕したニュースを見てきたものにも、それは衝撃的な映像であった。いったいエクアドルで何が起こっているのか。南米で3番目に面積が小さく、人口は1,700万人ほどの国で。それは医療崩壊が起きればどうなるかを黙示しているようでもあった。エクアドルにおけるコロナウィルス感染の70%近くは、同国の最大の都市であるグアジャキルで起きていた。

政府の3月の公式文書には、警察は医師に連絡するが、蘇生の処置は禁止。遺体はシーツのみで覆い、黒のビニール袋に直接入れる。死因を決めるための検査はおこなわない。遺体は家族2人のみ、5分以内見ることができる。解剖はおこなわない、などのマニュアルが書かれている。しかし死亡証明書に署名する医師がおらず、遺体の搬送、処理の仕事も麻痺してしまった。政府は茫然自失状態かと思われたが、4月初めには、海軍の指導の下に、合同任務遂行部隊(FTC)を組織、遺体処理に当たった。この組織によると、グアジャキル市を含むグアジャス県の、4月前半に処理した遺体は6,703人、ここでの半月の死者数は、平均1,000人だという。

おおよそ5,700人ほどが、コロナウィルス、あるいは医療崩壊のために死亡したことが推測されている。しかし、死亡のまえもあとも、コロナウィルスの検査はおこなわれておらず、また自分の親族の墓がどこにあるのか、いまだに分からない人もいる。政府のフアン・カルロス・セバジョス保健相は、エクアドル政府は、ラテンアメリカのなかでも、もっとも感染拡大を防ぐために厳しい措置を取ったと主張する。「しかし人々の態度は理想的なものではなく、このことが深刻な感染の爆発を引き起こした」。たしかにラテンアメリカの多くの国が、国境封鎖、自宅隔離などの措置を、それこそいまだ感染者が出たかどうかの時期に出している。マスクを着ける習慣もあまりないだろう。しかしなぜ、エクアドルだったのか。

ラテンアメリカ諸国へのコロナウィルスの感染は、2月下旬から3月中旬にかけて報告されている。その主要なルートは、イタリアとスペインからとなっている。カーニバルから聖週間にかけての時期、南米諸国は夏のバケーションの時期であり、富裕層はヨーロッパ旅行をする。コロナウィルスに感染していたかれらは、空港の検疫をパスし、発症する。かれら自身は私立病院で治療できるのだが、家政婦などとして働く人々が感染する。そして家族に、貧困地区にコロナウィルスの感染が拡がったのである。

エクアドルの場合、BBCムンドは別のケースを紹介している。多くの中南米諸国がそうであるが、エクアドル経済も、海外の移民・出稼ぎからの送金が重要な割合を占めている。経済危機によって、人口の10%から15%が国を去った。主な出稼ぎ先は、米国、とりわけニューヨーク、そしてスペインである。スペインに居住しているエクアドル人の数は42万2000人に上る。これはスペインにおけるラテンアメリカのコミュニティーで最大のもので、かれらは恒常的にエクアドルに入国し、特に年の初めが多い。グアジャキルは移民の多くを送り出してきた街であった。エクアドルにおけるコロナウィルスの最初の感染者は、マドリッド近くに住んでいた女性で、この時期に実家に帰り、家族や友人が感染した。政府は女性が接触した180人を追跡したというが、結果的には拡散を防ぐことはできなかった。

ラテンアメリカ諸国全体を通じて感染が拡大した主要な原因は、貧困地区の環境とホームステイできないインフォーマルな労働条件にあった。大都市の貧困地区では、上下水道の設備がなく、家屋は密集して建っている。仕事は路上での販売など、インフォーマルなもので、コロナウィルスの危険があっても、家に留まっていることはできない。そして貧弱な医療システムの問題がある。コロナウィルスにたいしては、集中治療ベッド、呼吸器の用意、PCR検査の実施が必要とされたが、そのような準備は、おこなわれてこなかった。

現在のレニン・モレノ大統領は、前任のラファエル・コレアの後継者として2017年4月の選挙に勝利した。しかし、2017年5月に政権に就くや、その政策をボリバル同盟からの離脱と米国への接近、IMFへの接近と緊縮政策の導入へと大きく舵を切った。医療部門についても予算の30%以上、3億ドル以上を削減した。この医療部門への投資のサボタージュ、削減が、今回の大量のコロナウィルス感染による犠牲者を生んだ直接的な原因であると、エクアドル先住民全国会議(CONAIE)は、5月14日の声明で主張している。

モレノ政権は、2019年3月、IMFから42億900万ドルの融資を受けることを決めた。その合意に基づき、数千人の労働者の解雇、燃料への補助金の廃止などが実施された。これに対する先住民、労働者を中心にした民衆抗争は、10月3日に始まり、10月13日に政府が一連の措置を撤回するまで続けられた。この間の死者は少なくとも7人、負傷者1,340人、被逮捕者1,152人であった。
こうしてモレノ政権の政策はいったんは阻止されていた。にもかかわらず、このコロナウィルスによる非常事態、自宅隔離のなかで、またもや緊縮政策が提案されてきている。コロナウィルスによる原油価格の下落(1バレルあたり20ドル前後)は、今年で約29億ドルの歳入減となる。3月からの70日間のロックダウンで、その損失額は158億6,300万ドルに上り、今年だけで137億ドルの資金調達が必要とされる。IMFはこれに対して、歳出削減と税制改革を要求している。IMFの歳出削減要求は、GDP比当初4.8%であったのが、コロナ危機によって、2025年まで6.2%の削減目標に引き上げられた。

こうした流れのなかで、モレノ政権の緊縮政策が出されている。いくつかの国で、コロナによる打撃を緩和する支援がおこなわれているなかで、エクアドルでは真逆の政策が打ち出された。公務員の労働時間を8時間から6時間に短縮し、賃金をカットする。福祉関連予算を4億ドル削減し、エクアドル郵便、タメ航空、エクアドル国鉄、公共放送など、7つの公共事業の整理、大学の教育予算の削減などである。さらに人道支援法という名で、労働時間を50%短縮し、賃金をカットすること、民間労働者の解雇を容易にすることなどである。先住民、教員・学生、公務員、労働組合は、5月25日、コロナウィルス感染を防ぎながら、数千人が抗議行動をおこなった。

7月1日現在、エクアドルが発表している公式数字では、コロナウィルス感染者は56,432人、死者は4,527人となっている。感染者や死者の数は日々増えているが、4・5月ほどの爆発的な状況ではない。政府は、赤、黄、緑の信号機システムで、段階的に経済を再開しようとしている。労働者はすでに少なくとも15万人が仕事を失ったとされる。民衆の犠牲で危機を乗り切ろうとする支配階級、これに抗する伝統あるエクアドルの先住民を先頭にした人々。けっしてこのままでは終わらないだろう。

日本ラテンアメリカ協力ネットワーク(RECOM)機関紙「そんりさ 」掲載


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