エクアドル大統領選挙と、未来の行方
一井リツ子
2021年10月

南米エクアドルは自然の権利を憲法に明記している。しかし、その憲法の制定者であるラファエル・コレア元大統領は開発主義を加速させることになった。彼とその後継者であるレニン・モレノ大統領政権のもと、国際通貨基金(IMF)や、米国開発金融公社(CDF)などからの債務が増大していった。その対応策としてとられた緊縮政策で、ここ数年エクアドル社会は非常に不安定な状況を呈している。2019年10月には、燃料補助金廃止の大統領令に反発して、数万人規模の民衆蜂起が起きた。2020年の新型コロナウイルスによるパンデミックによって、3年間で34%も公衆衛生予算削減が行われていた医療は完全に崩壊してしまった。数多くの新型コロナ感染者の遺体が路上に放置された様子は、国家の縮小とその無力を投影しているかのようだった。

エクアドル大統領選挙

2021年2月7日に行われた大統領選挙の第1回投票では、事前の予測通り、収賄罪で8年の実刑判決のため出馬できないコレアの代替候補として「希望のための連合党」(UNES)が擁立した経済学者アンドレス・アラウス候補が32.7%の得票率で首位に立った。しかし決選投票に進む次点を巡っては、左派の「パチャクティック多民族統一運動党」(MUPP)のヤク・ペレス候補と右派の「チャンス創生政治運動党」(CREO)のギジェルモ・ラッソ候補が僅差で競り合い、10日ほど揉めたものの、19.74%を獲得したラッソが19.39%のペレスを抑えて2位となった。

銀行家として知られているラッソ候補は、タックスヘイブンの49のオフシェア企業と関連して1999年から20億ドルの富を蓄積していることが『パナマ文書』でリークされた曰く付きの人物である。一方、ペレス候補はエクアドル・キチュア連合(Ecuarunari)の前総裁だった先住民族人権活動家で、水供給の民営化に反対し、キムサコチャ(Quimsacocha)採掘プロジェクトへの反対行動で、テロ容疑で起訴・投獄されたことがある(2011年)。学者でブラジル籍の妻もコレア政権による政治的迫害で2015年に国外追放されたことがある。

4月11日の決選投票は、アラウス候補(開発主義左派=コレア派)とラッソ候補(右派)との争いとなった。大方の予測に反して、52.51%を獲得したラッソが47.49%のアラウスに勝利した。この選挙自体が、コレア主義vs反コレア主義という側面があり、先住民族左派のペレス候補の票が無効票へ流れたことなどが、ラッソに優位に働いたとされている。
 しかし、レニン・モレノ政権下における経済の悪化によって生活に困窮する無数の労働者、開発主義に自らの生存さえも脅かされる多くの先住民族の怒りは極限に達していた。その状況で行われた選挙で真に求められていたのは、現行の経済モデルを変える必要性だったといえよう。大統領選が不正選挙ではないかという見方もあり、ラッソの勝利自体が私には不自然に感じられる。モレノを無能呼ばわりしながらも、ラッソ新大統領が採用するのは、彼と同様な新自由主義路線である。

クエンカでの採掘に関する投票

アスアイ(Azuay)県の県都でエクアドル第3の都市クエンカ(Cuenca、住民約58万人)では、第1回投票と同時に、自然の権利を求める住民投票(Consulta Popular)が実施された。最高裁が認可した住民投票では、約34.8万人(有権者の80%)が近隣の5つの河川流域での鉱山開発禁止に賛成を投じた。この住民投票の結果は、「クエンカは水を勝ち取った!」というものだった。この住民投票には法的拘束力があり、リオ・ブランコ(Rio Blanco)社などの企業に認可された40以上の鉱山コンセッションが影響を受けるとされる。

大統領選に出馬したペレス候補はアスアイ県の知事(2019年就任)を務めていた。現行のシステムで保護区にある水源地域や守るべき森林や植生地帯で、採掘活動が独占すべきではないと主張するペレスは、コスタリカやエルサルバドルの例に続いて、鉱物採掘にブレーキをかけるため、国民議会や憲法裁判所に様々な訴訟を起こしている。水源や森林地帯、植生保護地、平野、湿地、壊れやすいエコシステムのある地域での鉱物採掘を例外なく禁止する憲法修正を問う国民投票実施を目指している。さらに金属精錬プロセスにおけるシアン化合物や水銀などあらゆる有毒化学物質の使用禁止も計画しているという。

インタグ地方

首都キトから車で2、3時間ほどの位置にあるエクアドル北西部インタグ(Intag)地方も、クエンカと同じようにアンデス山脈に眠る鉱脈が注目を集めてきた。インタグ地方の85%もの土地が鉱山開発の対象地として譲渡・手続き中であり、それをめぐって、地方自治体や住民らによる攻防が続いている。

エクアドル新憲法には、人間にとっての利用価値などと無関係に、自然が存在・存続する権利が謳われている。2020年9月4日、インタグ地方での鉱山開発に関する「自然の権利訴訟」第1審で原告側が勝利した。クモザルなど数多くの絶滅危惧種、この鉱山サイトだけに生息する2種のカエルの存在もあり、女性裁判官によって、環境に好意的な判決が下った。しかしその後、裁判プロセスに問題があったとして、判決は無効となった。

インタグ地方が位置するコタカチ郡では、豊富な水資源や生物多様性を守るため、南米でも初とされる様々な環境保護の法令が承認されている。2000年の「環境保全郡」、「環境保全条例」のほか、近年では鉱山開発の脅威に対応するため全域を「生命の聖地」と宣言する法案が出されている。大災害を招く不適切な環境下での採掘は企業や投資家にも不都合であると指摘するなど情報発信も行ってきた。インタグ地方では様々な企業による20ほどの鉱山コンセッションがあるが、世界最大の鉱業会社BHP グループ【オーストラリアのブロークン・ヒル・プロピエタリ社と英国ビリトンの二元会社】も試掘開始ができていない。

ジュリマグア・プロジェクト

こうした法的問題とともに、エクアドル鉱山開発公社(ENAMI)とチリ国営銅開発公社(CODELCO)が進めてきたジュリマグア・(Llurimagua)プロジェクトに関しては、この二つの国営企業間での株主採掘権協定に関するスキャンダルがジャーナリズム調査レポートで報じられた。2020年4月16日の報道によると、エクアドル政府の汚職高官とチリのCODELCOの結託により、エクアドル側の利益を剥奪される可能性も示唆されている。実際は鉱山プロジェクトを実施するための合弁企業の設立の手続きも始まっておらず、取り決めではCODELCO側の採掘権も保障されていないなど、プロジェクト参画者のあいだの様々な不一致が表面化している。それ以外にも、国家監査局や護民官の調査で、このプロジェクトでは環境ライセンスが示す義務が果たされず、10以上の不正・違法行為が行われているなど、鉱山コンセッションが失効となる要因が指摘されている。

こうしたことから、ジュリマグア・プロジェクトの試掘は、試掘拡大認可を待ちながら、2018年11月から作業は中断され、エリアは放置されている。こうした環境・法的問題や拒絶にもかかわらず、プロジェクト進展を求めてCODELCOはエクアドル政府に国際調停を起こしている。

新政権の地下資源政策

就任100日目のラッソ大統領は、前任者から受け継いだ経済悪化、新型コロナウイルス禍、石油価格下落といった状況を踏まえた景気回復改善策として、石油、ガス、鉱業分野の開発、近代化のための即時実行計画などの抜本的な変革を提案した。これらは業務プロセスの規制緩和に焦点を当て、国内石油生産の倍増、鉱物輸出増加、外国人投資家の勧誘を目指すものだった。大統領は、2021年7月7日に法令95、8月5日に法令151に署名した。これらが唯一の選択肢といった感だが、様々な問題を抱えている。両法令は、エネルギー資源省、水・環境省の手続き承認の簡易化、管理上の障害の排除などを目的とし、開発の準備ための環境ライセンスなどの取得メカニズムを加速させるものとなっている。

これらは民主主義の原則、人権および集団、自然の権利を規定する憲法上の保障を無視した危険な政策だという批判の声も上がっている。チリ、ペルー、コロンビアなど近隣諸国でも、規制を緩和したため、法人の悪用、犯罪の無処罰といった現象がすでに生じている。エクアドル全国先住民連合(CONAIE)やエクアドル・アマゾン先住民族連合(CONFENAIE)は、開発に関する事前協議と住民の同意に関する国家の義務を緩和しようとする試みは違法であると、政府当局に警告し、2つの法令に対し明確に拒否を表明している。

エクアドルは2019年10月に石油輸出国機構(OPEC)を脱退した。国庫がより多くの収入を必要としていたため、原油生産削減合意に従いたくなかったという。政府試算では、1バレル50ドルの価格で倍増目的を達成できれば、年間70億ドルの財政赤字から黒字に転じることができるという。現在、国が採掘する石油は、日産約50万バレル弱で、大統領任期終了(2025年)までに100万バレルに倍増させるには、古い油井の産出量を増加させ、新たに約2千の油井を開く必要がある。そのために必要となる数十億ドルの投資は民間部門から持ってくるしかない。新たな大統領令では、税金免除と民間石油会社との契約修正が含まれている。業務請負から資本参加、つまり財政的リスクを伴うが、政府が投資する参加型の採掘プロジェクトへと移行する。

エクアドルの石油契約モデルは政権によって変化し、2010年には80対20であった企業と国の利益率が、コレア政権のもとで50対50と変更された。新政府はこれを元の割合に戻すという。つまりコレア政権の利益配分を政府に優位にする方針から、国家の利益率は落ちるが他国からの資本投下を促すラテンアメリカ諸国の古典的な産出モデルともいえるやり方へ変更するという。これは投資家を惹きつける魅力的なものとなると述べている。

新方針のスキャンダラスな側面として、投資家と政府間の紛争解決システムが変更され、当事者間の紛争は歴史的に企業に有利な裁定を下してきた国際仲裁裁判所によって解決されることになる。これにより搾取の影響を受ける開発対象地のコミュニティの正義へのアクセスが妨げられると指摘される。
法令では、国営企業ペトロエクアドルが保有するガソリンスタンドなどを含む生産分野の操業を生産促進と活性化のため民営化するという。ペトロエクアドルは構造上の問題を抱えているが、民間部門へ移行してしまうと、開発対象地にあるコミュニティは、政府へ義務を果たすことを要求することはさらに困難になる。その反面、企業は新たな紛争解決システムによって保護されることになる。

日産100万バレルを目指す採掘の突破口を熱帯やアマゾン森林部に開こうとする意図に対し、パチャママ財団のマリオ・ロメは次のように批判する。「アマゾンの中央部や南部のパスタサとモロナ・サンティアゴ県での計画は、生物多様性と非常に素晴らしい状態に保たれているアマゾンの森林という国の豊かさに対して犠牲を強いるものになる。国がアクセスしたい土地には7つの先住民族が生活している。すべての地域が保護区ではないが、先住民族の土地である。法律はいかなる活動であれ、先住民族の土地に事前協議の権利を与えている。しかし歴史的に順守されていない」

環境団体アクシオン・エコロヒカ代表の生物学者アレハンドラ・アラメイダはこの公式計画に懐疑的である。「エクアドルでフラッキング【水圧破砕法】の使用を始めるとも言われている。しかし、それは行われたことがなく不可能で、恐るべき影響があるだろう。100万バレルの生産目的も同様で、エクアドルはこの量の輸送インフラを持たない。新たにパイプラインを建設するなど考えられない」と。

今年後半には、アマゾンの保護区ヤスニのITT(イシュピンゴ・タンボコチャ・ティプティニ油田の頭文字)の区画での新たな2つのボーリング実施計画が明らかとなっている。アラメイダは、「イシュピンゴでの計画があるが、これはヤスニの立ち入り禁止区域の緩衝地帯であり、これはラッソ大統領が選挙キャンペーンにおいて述べた事柄の一貫性のなさが示されている。大統領は、保護区では採掘しないし、共同体の事前協議を抜きにして、開発は行わないと言っていた」

鉱業部門では、「違法採掘と戦う」ための予備戦略が実施されると発表された。採掘管理と公共の安全を担当する様々な「責任ある」政府機関との協力を通じ、違法な採掘活動に対して領土占領、介入活動が行われることを意味する。法令151では、先住民族の土地の軍事占拠、違法採掘によって生じた人権侵害の無視が促進されることが予想される。こういった二義的な法的手段を用いながら、政府責任の回避と強引な地下資源の搾取、多国籍企業や投資家へのたたき売りは、結果長期的には財政の安定した収入源の喪失を意味する。

憂慮すべき伐採や森林破壊の拡大、汚染源を増大させる採掘活動を推進していくことは、パリ協定における政府のコミットメントとして、気候変動に関して、化石燃料の使用を大幅かつ敏速に削減するという目標を脅かすもので、世界的な批判を免れることはできない。

背景となる鉱物需要

その背景にあるのは、私達のような先進国を中心とした消費活動なのだが、日本に至っては鉱物資源のほぼ100%を中南米やオセアニアなどの国々からの輸入に頼っている。日本はベースメタルの銅の45%(2016年)をチリから輸入しているが、前述のインタグ地方のジュリマグア・プロジェクト(銅・モリブデン採掘)は、チリの国営企業CODELCOが推進する初の海外採掘事業である。皮肉にも私達が、エクアドルの社会環境の喪失・破壊と無関係ではないことを感じさせられる。

現在、銅は希少資源と称されるほど枯渇が懸念されている。伝導率が高く電子機器の生産に不可欠な銅は、電気自動車(EV)生産ではガソリン車の3〜4倍も必要とされる。そのため、地質学的にも危険性の高い開発すべきでない途上国の熱帯雨林や生物多様性に富み先住民族が暮らす地域にまで、鉱山開発がどんどん拡大している。また、巨大なEV市場を目当てに、銅以外にも多くのレアメタルの過度な需要が懸念される。

人権・労働条件・腐敗などの問題から地域住民、NGOの反対によって開発の期間が長期化するため、開発費は高騰していく。それに対応するため、開発企業は安全性や賠償金といった経費を益々削減するであろう。貧困や生活の改善という名目のもと、すべての生命に過酷な苦しみを強い、時に死をももたらす地下資源の採掘を短期的な解決策として安易に過剰促進させるべきではない。

エクアドルの高いポテンシャルである世界に誇る生物多様性、その長所をいかに持続させることができるか否は、エクアドルの未来の姿にも重なる。今後のグリーン・ニューディールといった温暖化対策には、慎重な検討が不可欠である。アマゾンやアンデスをはじめ世界各地に存在する決して人間には形成できない豊かな生命循環システムが崩壊、喪失されることがないよう私は真に願っている。

日本ラテンアメリカ協力ネットワーク(RECOM)機関紙「そんりさ」掲載


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